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母校を思う、郷土を思う

先日、北高時代からの友人、マイケルを連れて児玉中学校時代からの友人で本庄市議会議員の田中輝好君に会ってきました。

田中君、いや田中先生とここでは呼ばせて頂きます。田中先生には本庄北高が本庄高校と統廃校の件でお世話になっており、北高同窓会役員の中でも特に熱い愛校心を持つマイケル君を紹介したく時間を割いてもらいました。

子供の人口が少なくなったと言う理由だけで北高を廃校にすると言う方針は、確かに理にかなっているのでしょうけど、市内及び近隣に住む者に取っては少なからずともデメリットが生じる。

1つの高校が減ることにより、あぶれる子供の数がゼロでは無く、行き場の無くなる子供が出てくる。それは県全体から比べれば確かにわずかな数であるかもしれない。しかし、本庄市内で考えれば結構な数の子供が高校へ行けないことになってしまう計算が成り立つ。

確かに本庄市内には他にも高校はある。しかし、公立高校の数となるとまた別だ。
ただでさえ世界的大不況なのにも関わらず公立高校の数が減るとなれば、高校に行けない子供が益々増えるばかりだ。
北高は必要があったからこそ存在し、まだその存在は必要なのである。
机上の数値のみで片づけられるような問題では無い筈なんですね。

北高の現役の先生方からも声があがったそうだが、北高温存の声を県に上げるためには先ず市議会議員を通し県議にあげる手順を踏むのが必要だそうで、その声に耳を傾けてくれた市議が田中輝好議員だった。

北高温存のためには先生方々の声だけでは無く卒業生の声も必要。

そこで僕らも行動に出た訳で、田中先生のおかげとサポートがあり、行動を具体化できる運びとなった。

田中先生の話を聞いてみても、やはり『埼玉県立本庄北高等学校』として、現状のまま温存継続していくのはかなり難しいらしい。
しかし、何の行動も起こさなければ北高の面影も大切な記録も校舎も設備も賞状もトロフィーも校長先生の写真も何もかも無くなってしまうのだ。

卒業生の記憶だけの産物となってしまうのだ。

これは悲し過ぎる話ではないか。

本庄市の現状と卒業生の精神論と、多角的な方面から北高廃校問題にアプローチしてみても、やはり温存を望みたい。
そんな各方面の声を聞き、田中輝好議員は共感し行動してくれている。

マイケル君もそんな田中先生の政治観や人柄に共感し、三人での会合は4時間以上の時間が束の間に感じられるスピードで過ぎ去った。

田中議員とマイケルと長きに渡って会合し感じられたことは、愛校心や郷土愛の大切さ。
数値だけでは計り知れない大切なものが不足していることが現代社会の問題点であることが再認識された。

『愛国心』を『軍国主義』とイコールに考える人がいる。
それは歴史を振り返れば致し方ないことなのだろうけど、国を愛する以前にやることは沢山ある。
郷土を愛する心、地元を愛する心、お世話になった学校を愛する心、級友を愛する心、家族を愛する心、等々。

田中議員もマイケルも、そんな愛を持った人物だ。

世の中には変えられるものと変えられないものが確かにある。
たとえ変えられなくとも、守るべきものを守る心を、もう一度考え直す時代なのではないだろうか。
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その日のまえに

本庄北高が無くなってしまう、その日のまえに、俺ら卒業生が仕掛けて何か心に残るデカいことしたくないか?

もちろん犯罪めいた事とかじゃないよ。
北高公認で、在校生や先生達、はたまた本庄市民やお役所さんとかも巻き込んでさ。

なんか記憶に残ることしたくない?

なんかわかんないけど、文化祭のもっとデカいバージョンみたいな?

僕は個人的に北高の映画を撮りたいと思ってるけどね。

他にはグランド使ってロックフェスとか☆

雑草が生えてきちゃってる、あのグランドに、ぎっちりと人が入って大盛り上がりしてるとこ想像したら、それだけでワクワクしない?

例えばそのイベントを『大同窓会』って名称にすれば30年以上かけて貯めた同窓会費を使えるかもしれないし、そしたらかなりデカいことできんじゃね?

楽しいと思うんだけどな。

楽しくなければ北高じゃ無い☆(^-^)V

今度は本当らしい

数年前から本庄北高が廃校になると言う噂が毎年のように上がっていましたが、今度はどうやら本当らしいです。

2009年10月27日 読売新聞より一部抜粋

『後期素案生徒減止まらず』
県教育局が8年前から進める県立高校再編整備計画の後期素案の全容が26日、分かった。

中略

素案によると、統廃合対象は、幸手高(幸手市)、福岡高(ふじみ野市)、入間高(入間市)、本庄北高(本庄市)の全日制4校と定時制の草加高(草加市)。玉川工業高(ときがわ町)は単独で閉校となる。

中略

幸手高を統合する幸手商業高は、商業科の伝統を生かした総合学科とし、福岡高を統合する大井高は、体育科を基本としたスポーツ分野の教育充実を目指す。入間高を統合する豊岡、本庄北を統合する本庄の両高は、生徒のニーズに細かく対応できる単位制高校に。草加高を統合する吉川高(吉川市)は、県内6校目の定時制独立校とする。県東部では初の設立となる。

素案は今月、関係校にそれぞれ内示した。

県内の中学校卒業者が89年の11万5584人をピークに減少を続け、99年3月は7万6982人まで落ち込むなど、少子化による生徒数減少に歯止めがかからなかったためだ。

県教育局は今年度を、再編作業の完結となる後期計画の策定年度と位置づけ、06~07年度にすべての県立高校で聞き取り調査を実施。08年度には、1学年6学級に満たない小規模校の実態調査に乗り出し、今回の統廃合対象校を選定した。県教育局は「各校が、授業・部活・行事など学校の活性化に必要な規模を維持でき、特色ある学校づくりを目指した」と説明している。

以下略


と、いうことだそうです。
これを受けて吉川、市長が反対署名を始めたそうですが、本庄北高にはそういった動きは今のところ無いようです。


僕は43歳の大人な年齢ですから、今更どうあがいてみたってどうにもならない『大人の事情』みたいなものも理解できますし、この大不況の中、県知事さんだって市長さんだってわずかでも節約しないと県を市を維持していくことが出来ないことも分かります。


何故北高でなければいけないのか?

それだって理解できます。

自分が卒業した高校が無くなったから何?
これも理解できます。
北高が無くなっても、僕らの生活にはなんの支障もありません。

でもさ、

なんかやっぱヤなんだよな。

北高が無くなるのってさ。

想い出は自分の胸にある。
うん、確かにある。

キラキラ輝いてた!なんて事は無いし、無気力にダラダラ通ってた日の方が多かったかもしんない。

でも、高校時代の想い出って、やっぱめちゃめちゃ特別なんだよね。

『高校時代の友達は生涯の友達』

なんかテレビだか映画だかでそんなセリフを聞いた。

ほんとにそうだった。

どんな馬鹿学校でもいい。

後ろ指指されたっていい。

僕は本庄北高が大好きで、無くなってしまうのは本当に辛い。

多分、北高は5年後には本庄高校に合併されて、その歴史に終止符を打つことになるでしょう。
僕は署名運動なんか起こす気はありません。
消えてしまう運命を辿らなくてはならないような北高を作ってしまったのは誰でもない、僕ら卒業生と在校生なんだから。

そんなことしてりゃ廃校にもなるさ!
ってことは百も承知で、自分のスタンスを通してしまう。
それが北高生の特徴で、駄目なとこで、誇るとこだと思う。

北高を出て成功している人もいる。
それは自分のスタンスを曲げなかったから。

北高を出て底辺で苦しみもがいてる人もいる。
それは自分のスタンスを曲げずに、自分のスタンスで成功を目指しているから。

長々書いてしまいましたが、
北高が統廃合で消えてしまうのは、大変残念なことだけど、僕は北高らしい終わり方だとも思っています。

あと5年。

最後には北高のかっこイイとこを見せつけたいね☆

北高黒澤組

5月1日。北高黒澤組の会合(ってか、プチ同窓会)に参加しました。

北高黒澤組とは。
通常の同窓会では、大人数が故にゆっくりと会話をするのもままならなかったり、会いたい人に会えなかったりして、本来自分がイメージしてる同窓会とは違うものになってしまう事が多々ある。
では、イメージ通りの同窓会を自分達で企画して行ったらどうか? と、言うような趣旨から始まった会である。
もちろん、本来の公式の同窓会とは全く別であるし、将来的には同級生だけでは無く、様々な学年も取り混ぜた全く新しいカタチの寄り合いにしていきたい気持ちもあるので、敢えて『同窓会』という言葉を使うのをやめた。
僕が部長を務めていた頃の写真部のような集まりになれば、というところから話が進んできたこともあり『北高黒澤組』というようなネーミングになった訳であります。


で、迎えた第1回目の会合。
会合なんておこがましい、まあ飲み会です。
場所は本庄駅南の焼鳥屋。

何かと忙しい42才。
今回は全部で6名。二次会からの参加1名の合計7名で行われた。

始めは人数を聞いて「さみしいなぁ~」って声もあがってはきましたが、まあまそこは一発目。これからに繋いでいくにはいい感じの人数でははないでしょうか。

何事も継続する事に意義がある。

正直、すっごい楽しい会だった。
何をした訳でも無い。昔の友達と飲みながら食べながら、昔話に盛り上がったり、近況を報告しあったり、現在の北高がおかれてる状況や、これからの北高を語り合ったりと。

不況不況と騒がれ、ともすれば何のために働いているのか見失ってしまう昨今。
他人と飲めば仕事の話。旧友と飲めば仕事の愚痴。
不味い酒ばかりが増えてしまっている。

しかし、今回の集まりは全く別だ。
同じ学校の仲間が集まると、会話はおのずと学校の話になる。

旧友で集まっているのだから当然昔話がメインになるのだが、北高の現状を憂い、今後北高はどうすべきだとか、どうあるべきとか、卒業生はどうしてやるべきか、等の話にも熱がこもってくる。

やはり僕らは、母校、本庄北高を愛しているのだ。

マイケルの話であったのだが、
僕らよりも大分若い世代の卒業生が「恥ずかしくて世間では北高卒だって言えない」と言った事に対し、「恥ずかしくなるような北高にしたのは自分達じゃないか!悪いけど俺は堂々と北高卒だと言えるぞ!」と言ったそうだ。
もっともである。
自分達が作り上げてきた北高。評判が良くなるも悪くなるも、それは全てそこで生きてきた自分達の責任。
その責任を転嫁して「恥ずかしい」もあったもんじゃない。

今回の『北高黒澤組』の発足に関してもそうだが、人は自分で動かずに与えられたモノを批判する。
同窓会が満足いかなかったら、満足できる会を自分達で作ろう!と集まったのが今回の会の始まり。
北高の評判が悪いからと文句を言うばかりで、少しも良い方向へいくためにどうすれば良いか等は考えない。
どこかに卒業したんだから関係無い、っという気持ちがあるのだろう。
在校生にしても同じことが言える。
「学校はつまらない」
つまらなければ自分達でおもしろくすればいいことだ。
僕らはそうやって北高を楽しんできた。

「勉強は嫌い。遊ぶの大好き。」
僕らだってそうだった。
そもそも『学校』ってとこは勉強するために存在する場だ。遊びに行くとこでは無いってことぐらい小学生だって知ってることだ。
だから、その中でいかに楽しみを見つけ実践するかが大切。
学校は勉強するとこなんだから、学校側に面白いことを期待するほうが間違ってる。

無いものは自分で作ればいいんだよ。

僕らが作った『面白い北高』は、徐々にその面白さが減っていき、今は面白さを感じない学校になってしまってきているらしい。
これは学校や生徒の責任だけでは無い。我々卒業生にも問題がある。
「卒業したから関係無い」ではいけない。
北高の現状を作ってしまったのは自分達なのだから。

僕らは面白い北高を作った自信がある。しかし、それが持続しなかったのは、その面白さを継続させるノウハウを作っていなかったことに起因する。

『与えて』もらえなかった『面白さ』を作り出した僕らは、その『面白さ』を次世代に『与えて』しまったのだ。
僕らが現役の時に、次へバトンタッチするのは『面白さ』では無く『面白さは自分で作れ』という精神でなければいけなかったのだ。

今回の『北高黒澤組』で、そういった事に気付けたのは、大変意義があった。

初めに戻るが、やはり何事も継続する事に意義がある。この面白おかしく、そして有意義な『北高黒澤組』。
こういった集まりを今後も継続することで北高も僕らも良い方向へ向かえる事は間違いない。
この面白さと意義があれば、今後は人も増えてくるでしょう。
だって、面白かったもの(^-^)


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あけおめ

新年明けましておめでとうございます☆

本年もよろしくお願い申し上げます。


明けた☆


それだけでも、なんか嬉しい☆


まあま、だからと言って、浮き足立たないで、真剣切って頑張りましょう☆
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